それから母は、いままでの苦痛がなかったかのように昏々と眠り始めた。

病室に静寂が訪れた。
親戚が1人、2人と帰っていった。

母の寝顔を見た。

痛みと苦しみから解放されたかのような安らかな顔だった。
おれは今、母のために何ができるのだろうと思った。
何もできなかった。
祈ることしかなかった。
母が生き続けることを。

もしかしたら母はこのままぐっすりと眠った後、
何もなかったかのように明るい顔で目を覚ますような気がした。
もうすべて良くなったよと、笑顔で起きてくれる気がした。

夕方おれは1人うちへ母の着替えを取りに行った。
病院に帰ったら母の枕元で母が生き続けてくれることだけを夜通し祈るつもりだった。

うちに着いたおれは母の着替えを出しているうちに、疲れのためかそのまま眠ってしまった。

夢を見た。

母がいた。
夢の中では、母は病気ではなかった。
おれが生まれてきてからずっと目にしてきた、健康なままの母の姿だった。

夢の中でたしかに母は元気に笑っていた。
やさしく包み込むような、慈愛に満ちた表情の母とおれは一緒にいた。

でも、おれが眠っている間にも、母との別れの時間は刻一刻と近づいていた。