母の亡骸はきれいに死化粧され、病院の霊安室に運ばれた。

死装束に着替え両手を合掌した母に覆いかぶさるように強く強く抱きしめながら、
父が体を震わせながら泣いている。
「おまえは……本当に……本当に……、日本一の女だった!」
父は大粒の涙を零しながら何度も、何度も大声で叫び続けた。
訃報で再び集まった母の兄弟や親戚、友人が
一人残らず泣き崩れながら口々に母に呼び掛けている。

駐車場には、こうこうと月の光が射していた。
亡骸となった母が帰ってくる前におれは一人車でうちに向かった。

たった数時間前に出てきた家は、真っ暗だった。
鍵を開ける。
一部屋一部屋電気をつけていく。
どの部屋の照明も煌煌とつけていく。
何か月も母が寝たきりになっていた畳の部屋の照明も最大にした。
この部屋で母は手術後ずっと寝ていることが多かった。

この部屋は川のすぐそばにあって、夜には川のせせらぎが聞こえてくる。
夜中になるとその川には時々白い鳥が二羽佇んでいるのが部屋から見えた。
「白鷺の夫婦だね」
いつか母がおれに教えてくれた。
夏には夕方網戸にしておくと、涼しくて気持ちのいい風が入ってきた。

八畳のこの和室は川沿いの窓際に短い廊下があり、それを合わせると十畳ほどになる。
また庭に面した窓の内側にある障子戸の前には、
母が嗜んだ書道のための古い木製の座り机が置いてあった。

部屋の奥には母が元気な頃、毎日花を活けて飾っていた広い床の間もあった。
そしてその床の間のすぐ近くに、母のために揃えたベッドが置かれてあった。

この部屋は母が元気な頃からのたくさんの思い出が詰まっていた。
この部屋にもうすぐ母は亡骸として帰ってくる。

母を乗せた車がうちに着いた。
布団を敷いて、みんなで母を寝かせた。
両腕で抱えた母の体はとても小さく感じた。

夜中に葬儀屋が来て、これからの段取りをして帰っていった。