母を火葬場に連れて行く時、おれが望んだたった一つのことは、
少し回り道になっても母が生前ずっと好きだった並木道を通っていくことだった。

家の近所に、両側に青々とした大きな木々が何本も植えてある広い並木道があった。
母はその道がとても好きだった。
「この道は広々として、とても気持ちがいいね」
よく母が言っていた。
だからおれは母を車に乗せて買い物に行く時も、美容院に送っていく時も、
お花を教えにいく母を乗せる時も、そして病院に行く時も必ずといっていいほど母と一緒の時はその道を通った。

だからこそ、最後に母が通る道もその道にしてほしいとおれは葬儀屋に頼んだ。

棺に乗った母が霊柩車で静かに家を出ると、近所の人たちが黙ったまま
それぞれの家の前に立って深々と頭を下げて、母を見送ってくれているのが見えた。

霊柩車に乗った母と一緒に並木道に差し掛かると、
その道は広く一直線に空まで伸び、その先はまるで青い空に繋がっているように見えた。

そしてたくさんの思い出を踏みしめるように、ゆっくりとその道を車は進んでいった。

市街を一望する小高い山の中腹に、これから母の亡骸を焼く火葬場があった。
母を乗せた車は、「七曲がり」と呼ばれている少し急な坂を幾度となく左右に大きく曲がりながら登っていく。
標高が高くなるにつれ、坂の途中からしだいに雪が舞い始めた。
火葬場に到着すると辺りはもう一面白くなっていて、空がぼんやりと霞むくらい雪が降ってきているところだった。

母との最後のお別れだった。
母の顔を見るのもこれで最後だった。
棺はおもに顔のところだけ見えるようになっていた。
母は棺の中で、うちを出る時に多くの人によって入れられたたくさんの花に包まれていた。
おれは母がかわいいといつも言っていたぬいぐるみも入れた。

母の顔は最後までやさしかった。
おれは心の中で母に語りかけた。
「おふくろ、よく頑張ったな。
あんなに痛かったのに、あんなに苦しかったのに最後まで生きること、あきらめなかったな。
ごめんな。
こんな息子でごめんな。
最後まで何の親孝行もできなくて本当にごめんな。
でもおれはおふくろのこと、絶対に忘れないから。
あなたに産んでもらったこと、
あなたに育ててもらったこと、
あなたに愛してもらったこと、
おれは絶対に、絶対に忘れないから。
おふくろ、ありがとな。
もうゆっくりと休んで。
おれはおふくろのこと、愛してるから。
ずっと思っているから。
ゆっくりと休んで」
母の棺が火葬炉の中へと入れられ扉が閉まった時、
おれは今まで自分の心の中にずっとあった一番大切なものを失ったと思った。

あんなにやさしかった母が、自分がずっと愛していた母の体が燃やされ灰になっていくことがとても耐えられない思いだった。

母が灰になるまでの間、みんなが時間を過ごしている待合室から一人抜け出した。
おれは高い煙突から白い煙となって立ち上っていく母をじっと見ていた。

雪は止んでいた。

空は晴れていた。

白い煙は青く澄み渡った高い空へとどこまでもどこまでも上っていき、
広がって、やがて見えなくなった。