1月の寒い夜だった。
凍て付くような信州の冬の季節だった。
部屋の暖房をつけたまま、おれは母の眠っている部屋のすぐ隣にある居間の炬燵で横になった。

何も考えられなかった。
母が突然逝ってしまったことが、まだとても受け入れられなかった。
おれは母が亡くなったことをまだ認められずにいた。
母が亡くなったと医者に言われても、母の亡骸を見てもその時おれはどうしても母が死んだということを信じたくはなかったのだ。

おれはいつの間にか寝ていた。
突然誰かの叫ぶ声と、何かがぶつかるような音で目が覚めた。
それは母が眠っている部屋からだった。

横になったままそっと目を開けると、父が眠ったままの母の傍らで一人泣いていた。
そして母の体に触れながら叫んでいた。
「冷たいじゃないか!誰がこんなこと、したんだ!」
父はそう叫んで、母の浴衣に葬儀屋が詰めたドライアイスを一つ一つ取り出しては台所の流しに持っていき、投げ捨てていた。
一緒に炬燵で寝ていた叔母がそれを見て泣いていた。

母の亡くなった時間のことをふと思った。
医師が部屋に来て母の死亡を確認したのは10時40分だった。
でもナースステーションから電話が入ったのは29分だった。
死というものが魂が肉体から離れた時刻をいうのなら、きっとナースステーションからの電話があった時間ということになる。
昨夜、父と兄と話した。
その時間は、父も兄も病院のすぐ近くで遅い夕食をとってちょうどその店を出て、母の部屋に帰ってくる直前だったらしい。
おれも駐車場に車を入れようとしていた頃だった。

母の死亡時刻をもしそう捉えるならきっと母は本当は、おれも、父も、兄も部屋に戻ろうとする数分前に逝ったのかもしれない。
人の心配はするけれど、いつも家族に心配をかけないように生きてきた母は、もしかしたらまだ家族が誰も部屋に戻ってはいないその時刻を選んだのかもしれないと、おれは思った。

おれは、早朝に目を覚ました。
窓を開けた。
青く晴れ上がった空に山際からちょうど太陽が輝きを増しながら昇ってくるところだった。

その光は一瞬強く輝いたかと思うと、あたり一面を眩しく照らし出し、目も眩むようだった。
人間が魂だけになって行くその世界も、もしかしたらこれとよく似た風景なのかもしれないと、ふと思った。

そしてまるで母がこれから行こうとしているその世界に、自分も今いるような気がした。