母の葬儀にはたくさんの人たちが集まった。

母の昔からの友人の一人がスピーチをした。
「さだちゃんが亡くなって、私は悔しいです」と、言った。
突然の訃報に母と親しかった人たちは、きっとみんな同じ気持ちだったのだと思う。

たくさんの花に囲まれた祭壇の上の写真の母は、やさしそうに微笑んでいた。
母はどんな時も決して微笑みを忘れなかった。
母はいつも人のことばかり考えていた。
母はどこにいてもいつも明るく、その場を和やかにしようとしていた。

母はただそこにいるだけで、そこにいる人をやさしく穏やかに包み込むような雰囲気があった。
だから、おれのうちはいつも母がいるのと、いないのとでは全く違った。

母はまるで花のような人だった。
おれは母のためにお焼香をしてくれている参拝者の方々にその都度礼を返す時以外は、ずっと泣いていた。

母が昔、おれに言ったことがあった。
「お前とは言葉にできない何か深い運命みたいなものを感じるよ」
その通りだった。
母を亡くすことが自分にとってこんなに辛いことだとは思わなかった。
母はまだずっとこの先何年も生きるのだと思っていた。
思いがけないこのようなかたちで最愛の母と別れなければならなくなるとは全く考えもしなかった。

葬儀が終わり、親戚も帰り、最後に何日かいた兄が帰ると、家は父とおれだけになった。
家の中はがらんとしていた。
すべてが静まり返っていた。
当たり前のことだったが、どこにも母の姿がなかった。
母の声が聞こえなかった。
二人で住むには、今ではこの家は広すぎた。

四十九日が過ぎて、母がずっと寝ていた畳の部屋に父と兄と三人で選んで買った、母のための仏壇を置いた。
そしてその仏壇の上に母の写真を飾った。
母の好きだった花を供え、毎日母の前の水を取り替え、線香を焚いた。

おれは母の位牌と写真に向かってくる日もくる日も朝と夜、声を上げてずっとお経を唱え続けた。
夜、正座したまま気がつくと、三時間も四時間もたっていた。
足が痺れていることも忘れてずっと座っていたのだ。

おれは母のために毎日たくさんのお経をあげ続けた。
 ー母のこれから行く旅路が決して寂しくないように
  たった一人で道に迷わないように
  目に見えない、もし母を加護してくれる力があるのなら、どうか
  母を守ってください。ー
おれがもう母にしてあげられることは、母の冥福を祈ることしかなかった。

肩や足を揉んであげることも、痛いところをさすってあげることも、痒いところを掻いてあげることもできなかった。
話をすることも、話を聞いてあげることも、聞いてもらうこともできなかった。
笑い合うことも、一緒に泣くことも、冗談を言うことすらできなかった。

祈ることしかなかった。
母の冥福を祈る以外、他に何もできることはなかった。

その時おれには何の望みもなくなってしまった。
生きていく希望を失ってしまった。

その時のおれには、人生にはもう何も残っていない気がした。