長年住み慣れた故郷を捨てて、新しい地で人生をやり直そうと思ったあの日のことを、おれはずっと忘れないだろう。
きっとおれの人生は、あの日から変わり始めたのだ。

おれがそのための新しい土地として思い浮かんだのは、兄が住んでいる埼玉だった。
おれは自分が考えたことを正直に父に話した。
ずっと憎んでいた父だったが、最後の最後には置いていけない気がしたからだった。

でももし父がずっとここで暮らしていくつもりだったら、父を置いて一人でも行くつもりだった。
おれはその時それだけの決心をしていた。
しかし意外なことに父は、自分も一緒にこの地を離れて兄の近くに移り住むと言った。

おれはもちろん、新しい土地で同じように一つ屋根の下で父と一緒に暮らすつもりはなかった。
新しい土地で、お互い近い所に住めればいいと思っていた。
近所だけれど、それぞれがそれぞれの所で暮らすのだ。

そして母と長年ずっと一緒に暮らしてきたこの家を売りに出すことにした。
そう決めて不動産屋に依頼して広告を出したのが、9月のことだった。
すぐに2組が家を見に来て、10月にはこの家の次の住人が決まった。
おれは父と急いで埼玉まで出向いていった。
そこで父の入居する老人ホームと、おれの住むアパートを契約して帰ってきた。

不思議なことに、決意してからわずか1か月足らずのうちにすべてが決まった。
人生が音を立てて変わり始めた気がした。

東京に住んでいた頃から20年もたっていたので、おれには新しい土地には兄の他には誰も知り合いがいなかった。
それでも、この頃のおれにはたった一つだけ望みがあった。

おれはたまたまインターネットで、ある心理療法家の先生のホームページに辿り着いた。
その先生が開いている、セラピストの養成講座を受けようと思っていたのだ。
その講座は東京で開催されていて、埼玉からなら毎回通うことができるはずだった。

ホームページの中には、ある日その先生がストレスからうつ状態になり、交差点で衝動的に飛び込み自殺をしてしまいそうになったことが書かれてあった。
そのたった一つの文章が、それからの自分の人生を変えることになった。
おれは、このひとならきっと自分のことをわかってくれるのではないかと思った。

心理療法がどういうものなのか、その頃のおれはほとんど何も知らなかった。
それでもその講座こそが、何もかもがんじがらめになっていた自分の人生を変えるための、たった一つの道であるような気がした。
そしてそこは、新しい地へ行こうと決めたその頃のおれの唯一の心の支えだった。

長野の家を引き払うのは、11月最後の日に決まった。