いつの間にかおれは、あの頃の父のことを許していた。
そして同時に、あの頃の自分のこともまた、許していることに気がついた。


それはおれにとって、あまりにも意外なことだった。
あの頃殺意すら抱くほど憎んでいた父のことを許すことなど、当時の自分には全く想像もできないことだった。

おれは、父が母を追い詰め、そのせいで母は死んだのだと、ずっと思い続けて生きてきた。

母が亡くなったのは、もとはといえば、あの日のおれと父との争いに、母を巻き込んだからだった。
だからおれもまた、自分自身こそが母を追い詰め、殺したのだと、今までずっと自分を責め続けていた。

母が亡くなったのは、おれがこの世に産まれた時の輸血が原因だった。
そしておれと父との長年の確執と、あの日の2人の争いが、最後に母を追い詰めたのかもしれなかった。

おれこそ自分の母を一度ならず、二度も死へと追い詰めた張本人なのかもしれなかった。
もしこの世に罪というものがあるならば、おれこそ決して許されない人間のはずだった。

おれはずっと、父のことを許せなかった。
そして自分のこともまた、決して許すことができなかった。


そのまま、長い年月が通り過ぎていった。


その間に、自分を取り巻く環境は著しいほどに変わっていった。
暮らす所も、つき合う人たちも残らず変わっていった。

しかし、それでもずっと変わらなかったものが、おれの中にはあった。
それが、自分自身が過去からずっと引きずってきた思いだった。

それでも、長い時間が経ったからだろうか。
おれはやっと今、当時を振り返ることができるようになった。


そうなって初めて気づくことがあった。

おれは故郷を出て、こちらに来てから、たくさんのことを学んだ。
そのほとんどは、人間の「心」というものだった。

おれはずっと昔から、人間の心というものを知りたかった。
おれは、自分と他人の心に、気の遠くなるほどの長い間、ただ翻弄されてきてしまった。
だからこそおれは、人間の心について知りたかった。

心はずっと、喜びも、悲しみも生み出してきた。
愛も、憎しみも生み出してきた。
そして、幸せも、不幸も生み出してきた。

この不可思議な人間の「心」というものこそが、ずっと昔から自分にとって、自分の人生にとって最大のテーマだったのだ。


そして多くのことを学ぶにつれて、おれは次第に人の心の奥深いところにあるものに、意識を向けるようになっていった。

昔のおれは、いつも人間の表面だけしか見ていなかった。

だからこそ、たとえば周りの人間の心の中にある狡さや、自分に向けられた悪意というものさえ見抜けずに、その人間の表面の奇麗事の言葉だけを信じてきてしまった。

また反対に、自分に対して善意を持っていてくれる大切な人たちの存在にすら、気づくこともできなかった。

さらにおれ自身もまた、自分をごまかしていた時には、決して自分自身を知ることはできなかった。

そんな経験からだろうか。
さらにセラピストという仕事を選んだからなおさらなのだろうか。

いつの間にかその人間の表面だけではなく、その心の奥を、心のずっと深いところのあるその人間の本質を、目に見えない真実の部分を絶えず見抜こうとしている自分がいた。


ある時、おれは、自分がそれまで培ってきたその同じ視線を、あの頃の父と自分に向けていた。

そしてあの時の父と自分の、心の奥にあったものに、おれは今になってやっと気づくことができた気がした。