こういう家庭の中で、いつも父の気分に合わせなければならず、自分をなくし続けたおれは、大きくなってもそうだった。

家庭の外でも、いつも他人の顔色ばかり伺い、他人に迎合し、他人に嫌われないように振る舞うことしかできなかった。

おれには、自分自身がなかった。

自分の感情も、言いたいことも、ずっと抑えこみ、他人に譲ること、他人を優先することばかりを、無意識に繰り返すだけだった。

そればかりか、おれは、道化役まで演じた。

自分が他人に見下される惨めな役を演じることで、他人の気分を損ねないと考えていたからだった。

自分にとって、この世界は恐怖に満ちたものだった。

自分の心の根底には、いつも他人に見捨てられることに対する恐怖があった。
そして、他人に見捨てられたなら、自分はもう生きていけないという間違った思い込みもあった。

すべては、幼い頃育つ中で、自分に強く刷り込まれたものだった。

おれの生きるすべては、他人に嫌われないためにあった。
だから、おれは、長い間ずっと自分を殺し、道化役を演じ続けた。

高校時代暇さえあれば、おれは、何人かのクラスメートからよく両足を持たれ、3階の窓から釣るされた。

その時も、決して嫌とは言わなかった。
むしろ自分から進んでそうされていたのだ。

他人は、おれを面白がった。
おれを見下し、あざ笑った。

でも、実は、おれ自身でさえ、進んで自分のことを馬鹿にし、他人と一緒になって自分のことをあざ笑っていたのだ。

いつの間にかおれは、高校時代、そのまま、「ピエロ」というあだ名で呼ばれていた。

しかし、それは、自分にとって本当は心の底から嫌で、屈辱的なあだ名だった。

おれは、自分が嫌なことをされても、他人に嫌と言えなかった。
他人の機嫌を損ねないように生きてきた。

そればかりか、他人に自分を軽く扱われ、笑われるように振る舞ってきた。

生き続けていく方法として、その時は、それしか自分には選べなかった。
そこからどうしても外れることができなかった。

どうあがいても、それは条件反射が、心の奥に染み込んだように強力に作用していて、変えることができなかった。

苦しかった。
悔しかった。
でも、その時の自分を変えることは、とてつもなく怖かった。

だから、違う生き方に憧れていても、その時の自分には、決して選べなかった。

その度に、おれは、顔で笑っていても、心の中ではずっと泣いていた。

そして、その素顔もまた、決して他人に見せることはなかった。

まさしくピエロそのものだ。