大人になっても、おれは自分を殺し、他人に迎合し続けた。

26歳になっていた時、おれは、ある会社にいた。
そこで新人の歓迎会があった。
その時、おれも、他の部署からその部署に変わって、少し経った頃だった。

2時会の時、おれは、その部署におれより早くいる、ある一人の年下の相手から屈辱を受けた。

新人もいる大勢の前で、テーブルにあったポテトサラダを、いきなり相手の手で思い切り口いっぱいに押し込まれた。

咄嗟のことで、何も対応することができなかった。
相手が右手いっぱいに皿から掴んで、そのまま口に思い切りねじ込んでくるままだった。

その場にいた何人もの人間が、おれを見て笑っていた。
おれにポテトサラダをねじ込んでいる相手も、あざけるように笑っていた。

そして、今でも信じられないことだが、その時おれも、そうされながら笑っていたのだ。

おれの頭は、その時きっと思考が停止していた。
いきなり相手にされた屈辱的なことに、どういう反応をしたら良いかが全くわからなかった。

だから、きっと、ずっと昔から他人に対して最も無意識に続けてきた反応をしてしまったのだろう。

そして、驚くべきことに、相手にそうされた悔しさや怒りを、その場ではほとんど感じることはなかった。
無意識に自分で自分に感じなくさせていたのだ。
もうそれは、その頃になると、自動化されるほどになっていた。

だから、自分自身を取り戻し、その時のことを思い出して、怒りと悔しさが自分の中から本当に湧いてきた時には、もう何年も経っていた。

他人は、とっくにそんなことなど忘れている頃だった。

すべては、自分で自分の本当の感情を抑え、感じなくし、自分の言いたいことも、やりたいことも、全部自分で葬ってきたためだった。

おれは、ずっと自分で自分を殺し続けた。
その結果、受け取ったものは、他人に軽く見られ、見下され、あざ笑われることだった。

そして、これは、自分がアダルトチルドレンとして生きてきた中の一つの出来事でしかない。